AVEDA
江戸時代の髪の流行
こんにちは小島です。
今月は、お正月や成人式がありましたね。振袖を着て、綺麗にアップした髪わ見ると美容師としては、なんだかウキウキしますね(*^^*)
そんな時、日本人の髪型の文化について調べたくなりました_φ( ̄ー ̄ )
江戸時代に生きた人達はとてもお洒落て粋だったとききます。
時の流れとともに、流行は変化し続けてきました。特に江戸時代には平安の世が長く続いたために、さまざまなファッションが流行し、髪のスタイルもバリエーションが豊富にだとか、、
武士の丁髷
テレビでは、時代劇なのでよくみかけますが、現代的な見方をすればとても奇妙なスタイルですが、機能的な理由で開発されたものです。
戦国時代に武士たちが兜(かぶと)をつける際、頭が蒸れてしまうのを防ぐためにあのような髪形が発案されたようです。
なるほどです。普通の髪で兜をかぶっていると、中が蒸れてずれてしまうのです。
それに、あんな硬い兜をかぶれば、数分ももたないでしょう!
戦いの最中に兜を直していては、その間に切り殺されてしまいます。マゲをつくることで、頭と兜との間に空間ができ、水分を逃がすことができます。
よく出来てるなぁーっと感心です( ̄▽ ̄)
男性以上に女性たちのヘアスタイルには流行がありました。
ヘアの基本構造は、額の辺りの前髪は前にたらすことなく後ろに流し、側頭部のビン(鬢)はふわりとふくらませます。
頭頂部のマゲ(髷)の部分は大きくふくらませ、うなじ側のタボ(髱)は大きくしたり小さくまとめたりします。
この4つの部分をどういう形にするかで、女性の髪型は決まりますが、さらにクシやカンザシ、花コウガイなどで飾り立てました。
既婚者かそうでないかをアピールすることは、女性にとって大切な問題です。
独身なら街で声をかけられ素敵な恋が芽生えるかも知れません。
逆に既婚なら変なうわさがたたぬよう、あらかじめ男性との間に一定の距離を置こうとするでしょう。
そこで、江戸時代の女性たちは髪型によって、一目で結婚しているかどうかを分かるようにしていました。
ざっくりといえば、未婚女性は島田髷(しまだまげ)、既婚は丸髷(まるまげ)にするのが基本です。
島田というのは古墳時代の巫女のスタイルが発祥の髪型で、和式の結婚式で結われる「文金高島田」に象徴される古典的な髪型です。
丸髷は時代劇などで年配の女性がしているトップ(まげ)部分を風船のように大きく膨らませた形です。
流行もさまざま
江戸時代の女性の髪型は300種類もあったとされ、流行を求めて女性たちはいろんなものにチャレンジしていたようです。
新スタイルを生み出すのは吉原などの高級遊郭で、人気遊女が流行らせていました。今でいう芸能界のような存在だったんでしょう。